もう過ぎてしまったが、5月21日と22日、
世間では、
21日:金環日食
22日:東京スカイツリー開業
で賑わっていたのだが、
21日は、私の誕生日。
22日は、父の命日なのである。
金環日食は、あと何百年?経たないと見られないようだし、
東京・・・は今年だけ(記念日の式典とかはあるかもですが)。
でも、我が家では毎年やってくる。(当たり前か)
21日は、誕生ケーキと共に、仏前に供える物(花や供物)を買うという
ちょっと、ちぐはぐな感じがするのです。
父は、私が中学生の頃に心臓病(弁膜症)を患って以来、
喘息その他、色々な病気で毎年のように入退院を繰り返した。
母は父を献身的に看護していたのだが、平成18年の朝、
自宅の前で車に轢かれて突然亡くなった。
その時私は運悪く?山形に出張中。
父からの慌てふためいた連絡をもらい、急遽出張を途中で切り上げ、
帰路についたのだが、6時間以上かかった。
帰宅したら、母は病院から戻り、白い布に覆われて横たわっていた。
最後の会話は、前日ホテルからした電話での、
「そっち(千葉)地震あったでしょ。気をつけなよ。」
「そっちもね。」だった。
葬儀を何が何だか判らないまま終わらせた。
訳判らなすぎて、泣いてるヒマもなかったくらい。
そして、私は父の看護をするためにNTTを退職することを決意。
以前から退職後(定年後ではなく)にと考えていた整体師になりました。
話がちょっと逸れましたね。
母の3回忌が終わった後、父は3度目の心臓手術を受けました。
成功率10%、手術時間は16時間以上というものでした。
幸い、手術は無事終わり、
リハビリは私が毎日病院に通って(車で片道40分、1日3回)行いました。
そして、無事退院の日。
父のために注文しておいた、ホンダ・フリードの福祉車両に乗って帰宅。
3日後の夜・・・・急に頭が猛烈に痛いと訴えだし、
病院に連絡すると、救急車ですぐに来なさいと言われ、
119番に連絡。
しかし、家から出るときには、ほぼ意識不明だった気がします。
原因は、脳出血。(全く兆候がなかった)
脳幹の近くからの出血で、手の施しようがないとのことでした。
それから約1週間とちょっと。意識不明が続いていた5月21日。
枕元で父に、「今日は俺の誕生日なんだから、今日死ぬんじゃないよ。」と、
冗談半分で言いました。
当然反応はありません。
で、翌日22日の朝、父はひっそりと息を引き取りました。
聞こえていたんだなぁ・・と今でも思います。
そんなわけで、我が家の5月21日と22日は、毎年嬉しくてちょっと悲しいのです。
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